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私の幸福論

  • mapi10170907
  • 2024年3月9日
  • 読了時間: 2分

【コラム】 東京支部 市井のキムラ


ひょんなことがきっかけでこの保守思想界隈に足を踏み入れてからもう4年ほど経過した。保守思想界隈の思想家たちの慧眼はすさまじく、人間社会におけるあらゆる問題とそれに対する心構 えについては、彼らの書物におおよそ示されているように思えた。これ以上新たな発見などというものは無いように思われた。普遍的なことはもうすでに先人たちが繰り返し語っている。国家、 政治、経済、人間などについては私が語れる余地はない。それもまた絶望であった。先人の教えを現代に呼び起こし、現代の人々を啓蒙する”温故知新行為” に憧れもあったが、そんなことをする気力も、この 2 年くらいの間に半減したように思う。


昨年こちらの同人サイトに数個の記事を投稿したのち、書きたいことが途絶えてしまった。下書きはいくつかしていたが、私が語りたいことは、まともな国家観や常識的な思想につなげるものではない気もしていた。個別具体的な話から抽象的な話につなげるのではなく、具体的な―2 階から降りて地面に足をつけ、根を張るような―行為をすることなのではないか、と。


国家観、経済観のような話は実は意外と簡単で、過去を参照すればおのずと普遍的なことをつかみ取ることができる(できる、と書いたが、どの言説がまともかを聞き分けられる程度で、他人に説く能力は残念ながら無かった…)。 私にとって難しいのは、世界の真実よりも、隣人の真実であるように思われた。所属する会社組織や仕事でかかわる人々との距離感、家族との距離感、友人との距離感である。これらについては、まったくこれといった正解のようなものがつかめないでいる。


この手ごたえは、おそらく 1 階と 2 階をつなぐ梯子の喪失を回避したいという無意識の危機感と思われる。天下国家の話を語るのではなく、まともな隣人ときちんと附き合うことが私の今後の課題である。この時初めて「人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い」という一節が、単なる知識から経験に変わったように思う。

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