生活について
【コラム】 信州支部 御子柴 晃生(農家)
5月からニワトリを飼い始めました。家の畑の隅に、一坪くらいの鶏小屋を、農業用ビニールハウスのパイプと木の板と金網を組み合わせて建て、中に巣箱と止まり木を設置し、隣町で3羽の茶色いニワトリ(品種はあずさ、生後3カ月)を購入して入れました。
1日1回エサやり、2回の水替え、1~2時間庭の草地に放ちます。
夜中に時々キツネか野犬かハクビシンかは定かではありませんが、ニワトリを襲いに来ています。外壁の板に爪痕がついていたり、金網が引っ張られたりしていて不安になることもあります。
先月中旬から3羽とも毎日、卵を産むようになりました。若いおかげか新鮮なおかげか、育て方のせいかは分かりませんが、黄身も白身もかなりしっかりしていて風味も良くとても美味く、毎日卵かけご飯か目玉焼きにして食べています。
数年前に妻が飼いたいといったのがきっかけでした。きくと、子供のころからの夢であったとの事。自分はあまり乗り気ではなかったのですが、子供のころからの夢といわれると弱く、一助になればと思い今に至ります。乗り気も興味もなくとも、毎日世話して気にかけていれば愛着も湧くものです。
数年前、「新しい生活様式」という言葉が流行りました。自分はこの言葉が心底、ここ十年で最も嫌いな言葉です。生活様式は文化そのものだと考えている自分は、こんな偽善にまみれた言葉受け入れてたまるか、クソクラエ、と考え小さい抵抗をしたものです。
受け入れられる生活の変化とそうでない変化の違いの核は、「必然の持続」にあるのかなと思います。
「妻の願う夢」は自分にとっての「必然の持続」です。毎日、朝昼晩と顔を見れば、言われずともその想いの強さも、それを受けての自らの心の動きも感じられます。
「新しい~…」は断じてそうではない。
今の時代は人々の生活様式が大きく転々とする時代のようです。自分はこのような時代にはついていけません。ついていく気がまったく起こらないからです。人は嗤うでしょうが、しりません。
自分は「必然の持続」を大切にします。そのことが「自信」につながると思うからです。自分を信じられなくなったらおしまいです。何をする気も起きない、生活もなにもあったものではありません。
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