太平洋戦争と大東亜戦争の呼称の違い
- 2月16日
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【コラム】 岐阜支部 林 文寿(NPO職員)
今年は戦後80年という節目の年です。先月8月はこの文字をよく目にした気がしますが、9月になるとやはり減りました。
今の日本では、広島長崎の原爆投下と終戦記念日があった8月があの戦争について最も話題になる時期であり、その後はメディアで聞く機会は大幅に減るものですね。
個人的にもこの8月はメディア(youtubeも含め)の影響や、私が住む中津川市では原爆投下両日と終戦の日には、鎮魂黙祷サイレンが鳴り響き、あの戦争について考える切っ掛けが多くあったように思います。
折角なので自身の考えを深めたいと思い、AIさんに話し相手になってもらいました。太平洋戦争と大東亜戦争の名称の違いは何なのか?という質問から始めてみました。
その質問に対するAIさんの回答要点。
〇大東亜戦争と太平洋戦争の呼称の違い
•大東亜戦争:1941年から1945年まで日本が連合国と戦った第二次世界大戦の一部を、当時の日本政府が使った呼称。日本の大東亜共栄圏の理念、つまり東アジアを欧米列強から解放し、日本を中心とした共存共栄圏を築くという政治的・イデオロギー的な意図が強く反映されています。
•太平洋戦争:同じ戦争を指す国際的に広く使われる呼称。特に、太平洋地域における日本と連合国(特にアメリカ)との戦闘に焦点を当てた、より地理的・軍事的な側面を強調した呼び方です。
〇戦後の呼称の変化
•戦後の日本で「大東亜戦争」があまり使われなくなり、「第二次世界大戦」や「太平洋戦争」が一般的になったのは、以下の理由があります。
⑴GHQによる制限:連合国による占領下で、日本の戦時中の国策やイデオロギーと結びついた「大東亜戦争」の使用がGHQによって制限された。
⑵軍国主義との決別:戦後の日本が軍国主義の過去と決別するため、より中立的な「第二次世界大戦」が教育やメディアで採用された。
⑶国際的な調和:国際的に広く使われる呼称に合わせることで、日本の歴史認識を世界と調和させる意図もあった。
私がそんな質問をした理由。つい数年前までは太平洋戦争という呼び方について何の疑問持たず使っていました。学生時代の教室ではそう教えられ、テレビや新聞でもそう語られてきた事。慣れ親しんだ言葉であったことが一番の理由です。
大東亜戦争というのは右翼の専売特許であり、きな臭いもの。軍国主義者たちが喜々として戦争を美化する為にある単語だというような、ある意味では見下したような感覚を持っており、口に出す事も殆ど無かったように思います。
そんな人間でも年を重ね、思考の軸が変化したのか、手に取る書籍(クライテリオンも含め)の幅が広がり、10年前に比べて幾らかは視野も広くなりました(インターネットを通しての情報、知識を得るようになった事も大きく影響があります)。
言い方を変えれば、歴史を再認識する事ができたと言えるのでしょう。
今回、あの戦争について名称の違いについて整理してみて、使う言葉というものが、思考と自身を如何に縛るものかという事を考えさせられた機会でした。
大東亜戦争という言葉についての私の感触は、きな臭い、古臭い、黴臭い、汗臭い、血生臭いそんな臭いがあります。それでも今の自分が敢えて大東亜戦争と呼びたいと思う理由。
それはあの戦争で、散っていった兵士の人たち、無念にも亡くなった方々。悲しい歴史ではあっても、そういう人たちが居てくれたからこそ、今この国がある事実。その事実に対して素直に敬意と感謝が生まれて気がするからです。
それはあの戦争を単に美化することではありません。その感謝を感じるならば、彼らに対して恥ずかしい生き方はできません。
日本人として生まれ、この地に生きているならばあの戦争を単に狂った過ちであり、過去は自分とは関わりのない出来事だと切り捨て、否定してしまう事の方が誤りだと今は思います。
太平洋戦争という名称を疑問なく使い続ける事はその欺瞞を知らないうちに自らに育ててしまう気がするのです。太平洋戦争という響きには、汗臭さ、血生臭さはなく無臭な印象を持ってしまうのは私だけでしょうか(AIさんの回答では、「より中立的で国際的に広く使われる呼称が太平洋戦争」とありました。中立的とは無臭な印象を受けます)。
今回戦後80年の節目に、日本人として生きる事について、半歩でも前に進める機会になりました。AIさんご協力ありがとうございました。
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