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南信州(飯田市遠山郷)の霜月祭り

  • 4月5日
  • 読了時間: 4分

【コラム】 信州支部 加藤 達郎(教師)


長野県飯田市遠山(とおやま)という地区では、この時期(12月)に霜月祭りが行われます。


この祭りは霜月(旧暦11月)に行われてきたため、この名があり、1年の穢れを払い新たな気持ちで新年を迎えるために開催されます。


この霜月祭り、簡単に言うと、全国から招いた神様(八百万の神様。基本的に偉い神様からお呼びして、最後に地元の神様をお呼びします)にお湯(要するにお風呂)と神楽(歌や踊り)を捧げ、日頃の疲れを癒してもらいます。


その際、招いた神様に願い事を伝えたり、神様が入ったお風呂の残り湯を自分たちも浴びたりして、自分たちもエネルギーを頂く、そんな神様も人間もお互いが幸せになる想いが込められています。


この祭りの在り方は湯立神楽(ゆだてかぐら)と呼ばれ、まさに湯を立て、神楽を神様に捧げます。


思い浮かんだ方も多いかと思いますが、ジブリ映画の「千と千尋の神隠し」を彷彿とさせる祭りです。


地元の伝承ではその始まりは平安時代の終わりから鎌倉時代と言われ、大変古い歴史があります。


上村地区の岡井氏が解読した古文書によると、承平年中(931年~937年)、背が高く(180cmほど)白髪が肩まで届くようなおじいさんが遠山の地に来訪したことがきっかけでした。


このおじいさんに土地の者(佐久麻呂さん)が「この土地には未だ神を祭っていません。神様をお迎えしてお祀りしたいです!」と頼むと、おじいさんが「よっしゃ!分かった」と言って、神様に謹請してくれて、祭りの方法を教えてくれました。


このおじいさんは佐久麻呂さんを連れて一緒に京に上り、京都の宮廷や神社仏閣の儀式を学ばせました。


そして、最後に加茂神社(京で最も古いといわれる神社)で湯立の儀式を覚えさせました。


佐久麻呂さんがいよいよ郷里に帰ろうとした際、おじいさんは「これを持っていけ」と、佐久麻呂さんに5つの仮面を渡します(霜月祭りは舞の踊り手が仮面をつけることで地元の神になります)。


佐久麻呂さんは5つの仮面を持って里に戻り、祭りを始めました。なお、このおじいさんは熊野本宮の仙人だったそうです。


また、1600年頃にこの地を治めていた遠山氏一族の鎮魂の儀礼も後に加わりました。


壮絶な過去があったらしく、遠山家の相続争いが問題でお家取りつぶしとなり、さらには領民を巻き込んで百姓一揆を生んだようです。


「これは遠山家のたたりじゃ!鎮魂しないといかん!」となったんだろうと想像されます。


霜月祭りのすごいことは、その時代の出来事に応じて、祭りの姿を少しずつ変えながらも、佐久麻呂さんが始めた頃の形を残している点にあります。


しかも、この祭りはとても大変です。何が大変かと言うと、この祭りは一晩中行います(※ただし、昼頃から始めて夜中に終わる神社もあります)。


冬の神社で夜通し、火を焚いて湯を沸かし、踊り続ける。寒い、煙たい、眠い…毎年の開催がどれだけ大変か想像できるかと思います。


そんな過酷な祭りを2025年12月現在、遠山地区の8か所!の神社で開催されています。


なぜこんな大変なことを続けるでしょうか。


きっとそこには先祖とのつながりや共同体の維持、そして八百万の神様(=自然)に対する感謝があるのかと思います。


実際に中郷正八幡宮の霜月祭りを見学させていただくと、地元の若い方々が中心に舞を踊って盛り上げ、年配の方々が祭りの進行や着替えの準備などの裏方に徹し、世代を超えた協力の上で祭りが行われていました。


そして、薄明りの神社の中で大きな竈から湯気が立つ様子はまるでこの世とあの世の狭間を感じさせる空間でした。


そんな中で厳かに舞を踊りながら一夜を過ごし、クライマックスで煮えたぎった湯を周囲にはねかける…その時の一体感や高揚感は言葉では表現できないと感じます。


日本人が古くから大切にしてきた信仰や感覚が霜月祭りには残っていると心から思いました。


この祭りを続けてこられた地元の方々に心から敬意を表し、今回のメルマガとさせていただきます。お読みいただきありがとうございました。

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