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サエノカミと「内なるお天道様」

  • 6月30日
  • 読了時間: 4分

更新日:7月4日

【コラム】 東京支部 浮駄ノ楽狂(家事手伝い)


語り継ぐことや 伝えてゆくこと

時代のうねりを渡ってゆく船

~~~ 元ちとせ 「語り継ぐこと」より ~~~


私は法事では、母方の実家の縁で曹洞宗(禅宗)のお世話になっているが、座禅などの実践経験はなく、いわゆる「葬式仏教」として関わっているに過ぎない。 一方、自身の宗教観を問われれば、自然崇拝や祖霊崇拝を基盤とする、日本の古層の信仰の感覚がしっくりくる。

制度としての宗教よりも、日々の暮らしの中で何を美しいと感じ、何を畏れるかという「信仰心のグラデーション」にこそ、人間の宗教性の本質があるように思う。

 

そんな私の問題意識を深めてくれたのが、小倉美恵子著『オオカミの護符』という一冊だった。 川崎の実家を起点に関東一円の山岳・オオカミ信仰を民俗学的に追った本書には、数世代前までの自然と里人・山人が織りなす有機的な営みが、鮮やかに描かれていた。

 

この本を契機に、私は地域の習俗に深く根ざした「民間信仰」の底力について、改めて考えるようになった。 なかでも、村境や辻に祀られ、共同体を災厄から守る存在として受け継がれてきた「サエノカミ(塞の神)」【※最下段】の文化は、地縁と共同体を守る知恵として非常に興味深い。

 

そんな中、交通安全地蔵の存在を知った。 交通事故の多い道路や交差点に、事故で家族を失った遺族や、子供の通学を案じる地域の人々が、交通安全を願って建立する地蔵像である。

最初は、古代から続く信仰が近代の事情と安易に結び付けられたかのように感じ、少なからず違和感を覚えたが、それは誤りだった。 サエノカミの歴史とは、その時代のごとの切実な災いに応じて姿を変えて生き続けてきた信仰の歴史でもあるからだ。

 

私がお地蔵さんに惹かれるのは、監視カメラや法といった「外から人を律する仕組み」ではなく、自らを律する良心――すなわち、自然や他者と地続きになった内なる規範としての「お天道様」を静かに呼び覚ます点にある。 もちろん、法や監視技術は現代社会に不可欠である。 しかし、それだけでは人は「見られているから守る」という受動的な規範に留まりやすい。

交通安全地蔵の本質は、均質化されたインフラではなく、その土地に刻まれた一人ひとりの「悲しみと祈り」にある。 お地蔵様の穏やかで親しみ深い佇まいに目を留める時、私たちはそこでかつて痛ましい事故が起きたことを想像し、その地蔵を建立した人々の祈りに思いを寄せる。 そして、誰に命じられるでもなく、自ら速度を緩め、弱い立場の人を思いやろうとする良心が呼び覚まされる。

 

近年では、「サエノカミ」もインフラ整備や土地所有権、少子高齢化などの影響を受け、路傍からお寺への移設や、閉魂供養を経て撤去する事例も多いらしい。 地域社会の流動性が高まり、かつて人々が共有していた文化的文脈も薄れ、石仏だけで道徳を喚起することは難しくなりつつあるのだろう。 だからこそ重要なのが、石仏という「文化財」の保存だけではなく、その奥にある「働き」を現代社会へどう継承するか、である。

 

法や監視技術だけでは、人は他者への思いやりといった内発的動機を育みづらい。 しかし、交通安全地蔵のような存在は、「誰かの祈り」を媒介として、人の内面に働きかける。 私たちが失いつつあるのは石仏ではない。 人が自らを律する「内なるお天道様」を育む文化ではないか。

法や技術が支える社会に、人の祈りが育んできた情緒を織り込み、その働きを現代に継承できたなら、公共空間は単なる管理の場ではなく、人の良心を育む場となるだろう。

私たちは、本来はもっと優しく、自律的な存在なのではないだろうか。

 

【※】サエノカミは『古事記』に登場する境界神の系譜を引くと考えられる一方、中国由来の道祖神信仰や仏教の地蔵信仰とも習合しながら、地域ごとに多様な姿へと展開していった。その原型は古墳時代頃には見られ、鎌倉・室町時代の頃に疫病や悪霊を遮断する信仰に、中国由来の道祖神信仰が持つ旅人や境界の守護という性格、さらに仏教(地蔵菩薩)の六道救済・子供の守護(賽の河原)の性格が合わさって、村境や辻に祀られるようになった。江戸時代(中期~後期)には村の入り口や要所に木像や石碑が作られ、男女を模した「双体道祖神」や性器を模した像が流行し、縁結びや子孫繁栄、五穀豊穣といった意味合いも付与され、生活に密着した存在となる。

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