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コロナ騒動の振り返り

8月29日
読了時間: 3分

【コラム】 信州支部 北澤 孝典(リンゴ農家)


中国武漢に始まり、世界を席巻した≪COVIDー19≫。


未知の感染症に世界は恐れ慄き、『新しい生活様式』としてマスクの着用、『ソーシャルディスタンス』や『リモートワーク』など、我々の生活に様々な変化を与えた。


その医学的、社会的な分析は、それぞれの専門家に任せ、市井のひとりとして、我々庶民の生活にどのような事が起きたのか振り返ってみたい。


2020年1月、家内と外出した折、女の子が両手いっぱいに大きな買い物袋を抱えて自転車に乗っている姿を見た。危ないなと思いつつ、近くの量販店に着き、いつも通り店内で買い物をしていると、先ほどの女の子が陳列されていたマスクを片っ端からカートに入れていた。


家内が興味本位で話しかけると。女の子は、中国からの留学生、家族の依頼で、目の前のマスクを全て買い占めて中国に送るのだと言う。


画面越しに知ってはいたが、まさか目の前にここまで影響が出るのか、と驚いた。

その後、あっという間に、店頭からマスクは消えた。


その年は、今から思えば滑稽な出来事が、身の回りに起きた。


私は、農業を営み、自分で育てた果物は、消費者に直接販売する、いわゆる産直農業を行っている。脱サラ就農なので、顧客ゼロからのスタート。


かつて住んでいた横浜をはじめ、東京・名古屋・大阪などの街中で場所を借り、家族が従業員のように道行く人々に試食してもらい、そこで食べてもらった後、自宅にお取り寄せしてもらうことで、売上につなげる。


2020年も、子どもたちを連れて各地に赴いた。


子どもは正直、『都会でおうちのお手伝いをしました』と先生に話し、日記にも書いていた。そんな日の給食は、保健室で隔離されて食べていたという。県を超えての移動が、感染症の拡大に繋がることが所以だろうが、規制されていたわけではないので、先生方が良かれと思い忖度した結果だろう。


マスクも黙食も、隔離も、どのような効果があったのか疑問だが、子どもたちの表情を読み取る能力や、他人との関わりで身に着けるマナーを奪ったことは明らかだ。


私は、いわゆるコロナワクチンは一度も打っていない。遺伝子や副作用などの専門知識を学んで拒絶したのではなく、どう考えても気持ち悪く胡散臭いからであった。


自由業の自分には何の制約も無かったのだが、地元の銀行に勤める家内は、そうではなかった。連日職場接種の機会が与えられたが、彼女も一度も打たなかったので、肩身は狭かったようだ。


同僚とのコミュニケーションは取れていたのだが、ことワクチンの話題になると、『北澤さん一度も打っていないんだって、、、?』と気を遣って小声で囁かれること多々。


未接種者が反逆者の如く扱われ、病院や役所、公共施設だけでなく私設企業までもが、繰り返し打っていた注射も、今やどこ吹く風。


「何度も打ったんだって……?」


と逆に聞き返したくなるほど、立場は変わってしまった。


マスク、黙食、隔離、ワクチン接種……私には実に滑稽に見えるこれらの『新しい生活様式』だが、そんな茶番を忠実に守り演じていたサラリーマンが、学校でも会社でも出世しているのだから、笑ってもいられない。


2021年の松本以降、何回か長野県で表現者シンポジウムや勉強会を開催したが、二次会の会場を探すのは、けっこう苦労したのではないだろうか。お上から自粛を要請されただけで、店を閉じる飲食店が多かった。


それでも、良識ある我々クライテリオン読者は、めげなかった。合理もプライドも無く、マスコミに脅されて家に引きこもっていた大人たちとは違い、何よりも重要な社交を貫いた。


危機とも言えないコロナ騒動だったが、無責任な政治家、専門家と称する御用学者、そんな彼らを称賛するメディアが、一瞬にして臆病な大衆を支配してしまう我が国の姿が窺え、勉強にはなったが、今まさに迫りくる外交の危機に対して、如何に無力かを、思い知らされることとなった。

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