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ふるさと納税 ~産地偽装に憤る人々~

  • mapi10170907
  • 6月20日
  • 読了時間: 3分

【コラム】 信州支部 北澤 孝典 (リンゴ農家)


私が住む長野県須坂市の農業が全国的に注目を集めている。


ふるさと納税の返礼品として送っていた高級ブドウが、山形県産であったことが判明し、流通業者による産地の偽装や、判明後の市の対応の遅れが問題となっているようだ。


制度としてのふるさと納税は、2008年に始まる。


納税者自身が選んだ地方自治体に寄付を行うことで、所得税の控除を受けられる上、返礼品として様々な物やサービスを受け取れる制度だ。地方創生の旗印に乗って急速に広がった。


実際に『ふるさと納税』を検索すると、多くの通販サイトに、無限の返礼品が並び、還元率ランキングで物欲と消費欲を煽られる。


須坂市は、一般会計予算270億円の約1割にあたる25億円を費やし(2024年)、様々な媒体で積極的にPRを行っている。厳しい自治体間競争に勝ち、長野県ナンバーワンとなった。

総務省が掲げるふるさと納税の3つの意義の一つ『自治体が国民に取組をアピール、、、、自治体間の競争が進む、、、』ことを忠実に行った優等生と言える。


ネット上で映(バ)える写真が目に留まり、寄付行為と称する消費行動に偽善心が満たされる。かくして流行に敏感な大衆は、ふるさと納税フックにかかることになる。


そもそも、寄付の意味は、無償で金銭や品物を提供することであるはずだが、総務省が元締めとなっているコンペティションは、ひたすら対価を追い求める制度となっており、公共事業を請け負っている民間の事業者が営業推進に躍起になるのは至極当然な本性であろう。


生産農家である自分も、これまで幾度となく、周りの同業者からふるさと納税への参加を勧められてきた。買取価格や出荷作業等、かなり有利な条件で取引が出来るという。少なくない友人たちも、納税者側としての制度利用を紹介してきたが、有利でお得なだけで手を染める代物ではないと思っている。


ふるさとを捨て都会に稼ぎに行った人々が、罪滅ぼしの気持ちから地元に税金を収めたい気持ちも理解できないではないが、残念ながら、もはやそんなことで地方の衰退は止められない。


実際に、ふるさと納税県内一位の我が市でも、鉄道や学校など、様々なインフラが減り続けているのを尻目に、市役所は最優先課題として、超広域な商圏を客層とする大型商業施設の誘致をしているのが現実だからだ。


平成の大合併然り、近視眼的な採算競争に晒され続けている地方自治体には、もはや公金を共同体の財として管理する能力など残っていないのだ。


永い歴史を持つ我が国の社会資本は、いつの世も税によって賄われてきた。"租庸調"に始まる様々な税制が、時代時代の国の形を作ってきたとも言える。制度を設計する公務員も、文化社会の対価として収める納税者にも、それなりの自負を感じる。


今回のふるさと納税も、大衆の物欲と偽善に訴えかけるという意味では、姑息かつ巧妙とも言えるかも知れないが、納税者としては、実にナメられたものだ。


自治体における予算全体の1割を費やし、都会の大手通販業者に外注していることを考慮すると、課税の十分制やビルトインスタビライザーとしての経済的効果も怪しいと言わざるを得ない。


また、今回の産地偽装問題で、地元の農家が口々に『産地ブランドの信用失墜に繋がった』として、市や民間事業者に補償を訴えているが、ブランドに傷など付いていないと断言する。実際、この地域で果物を育て、全て産直で販売している私の農園には、1件の問い合わせも無い。


寄付だと言いながら、受け取った返礼品の産地が違うだけで憤る現金な納税者にも、有利な取引に飛び付いて、偽善的な制度に疑問も抱かない浅薄な農家にも、私は同情出来ない。

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