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「俺たち vs. アイツら」が深めるアメリカ社会の闇

【コラム】 東京支部 田尻潤子(翻訳業)



今年のアメリカ大統領選挙で再選を狙うトランプ氏――最新の世論調査(2月25日時点)の一つによると支持率が僅差でバイデン氏を上回っている――のいわゆる「岩盤支持層」には福音派のキリスト教徒が多いといわれている。基本的に福音派の人々は聖書を「無謬」と捉え、聖書に書かれていることは一字一句「字義通りに」信じている(※1)。筆者はキリスト教徒だが、こうした立場とは距離を置いている


福音派が妊娠中絶や同性愛に反対するのは言うまでもなく聖書の記述によるものだ(中絶はエレミヤ1:5や詩篇139:16、同性愛はレビ記18:22、ローマ1:26~27、1コリント6:9 など)。これをめぐってアメリカでたびたび反対派と容認派がデモなどで激しく互いを罵り合う光景をニュースなどで見たことがあるかもしれない。


タイトルは自分の属するグループとそれ以外を峻別して対立構造を作り上げることを意味する"us versus them"の拙訳(誰にでも訳せるが)。


一つの統計結果だけで物事を判断すべきではないが、それでも興味深いと思ったものがあるので紹介したい。アメリカの調査機関ピュー・リサーチ・センターは、アメリカ国内のさまざまな宗教や宗派などに属する人々(集団)に対するそれぞれの印象を尋ねる調査を実施、2023年に結果を公表した(※2)。要するに「好感度調査」みたいなものである。結論を先に述べると「福音派のクリスチャン(以下単に『福音派』と呼ぶ)の好感度は低い」。もっと言うと「福音派に個人的に知人がいる場合、無神論者に対して以上に印象が悪い」。



上記は、左側が(それぞれの集団に)「知人がいる」場合、右側が「知人はいない」場合の印象である(※3)


グラフのオレンジ色は「とても良い/まあまあ良い」、グレーは「どちらでもない/わからない」青は「あまり良くない/とても良くない」を示している。


いずれの場合も、またどの集団に対しても、「どちらでもない/わからない」が最も多いが、ここで注目すべきなのは「知人がいる」ほうで福音派に対する「あまり良くない/とても良くない」印象が35%となっており、無神論者に対する23%を上回っている点だ。どの集団も、「知人がいる」場合では「いない」場合よりも好感度を上げているが(知らないうちは排他的かと思っていたけどリアルで接してみたら普通にいい人だった、みたいなパターンだろう)、それとは逆に福音派とモルモン教徒においては良くない印象の増え方のほうが目立っている。要するに「実際に関わってみると嫌になってしまう」ことが多い、というのが福音派の人々らしい。なぜこうなったかについてはピュー・リサーチ社は何も語っていないが、おそらく融通の利かないところが面倒くさがられたり、「あなたが地獄に落ちないよう助けてあげたい」といった言動が「ありがた迷惑」あるいは「上から目線」と思われたりするからではないだろうか(筆者の個人的な経験による推測)。


聖書には、強欲・不倫・他人を品のない言葉で罵倒するといった(トランプ氏に全部当てはまる)ことを戒める記述が多数あるが(※4)、ある福音派教会の牧師がこんなことを述べている記事を見たことがある:「トランプが不道徳なのは十分わかっている。それでも政策で我々の意向に沿ったものを実現してくれさえすればいい。私生活のことには目をつむろう」。福音派のこのような動きは「ファウスト的取引 (Faustian bargain)」と呼ばれている(個人的には身勝手で都合のいい話だと思うが)。これに加え、アメリカのキリスト教界には「繁栄の福音 (prosperity gospel)」という考え方が存在する。大雑把な言い方をすると「経済的な豊かさと健康は神からの祝福」というものだ(聖書にはそうした記述はどこにもない)。よって、このような思想もトランプ氏が受け入れられる(一部からはカルトの教祖的に崇められる)要因の一つとなった。


日米共に主要メディアはトランプ氏をアメリカ社会の「分断」の象徴であるかのように伝えるが、「分断」はずっと前から始まっていることだし、以前のトランプ政権の4年間よりもむしろバイデン政権になってから悪化したという指摘もある(※5)。しかしながらトランプ氏が次期大統領に選出されたら「カオス状態」へ移行するかもしれない。トランプ氏が勝利したら熱心な支持者たちは歓喜に湧いて勢いづき、この調査結果によると無神論者よりも好感度の低い彼らはますます他のアメリカ国民に疎んじられるようになる可能性がある。トランプ氏を支持しない人々の心に「支持者たちが図に乗っている」「大統領がそれを容認している」という不満が渦巻き始めると社会の闇はいっそう濃くなるだろう。いっぽう支持者側の視点に立つと、立場が脅かされているのは自分たちのほうだと感じれば集団内での結束が高まり、トランプ氏への忠誠をさらに強固なものにするだろう。


というわけで、トランプ氏の足元は簡単には揺らがないはずである。ただ、上に述べたような背景により国内が荒れてくると国民の注意を外に向けようとして外国叩き(日本も含め)を始める可能性が無きにしも非ずだ。


トランプ氏復権への備えは、日本政府は大丈夫なのだろうか。安倍氏亡き今、先が思いやられる。



<注釈>

※1「基本的に」と添えたのは、福音派の中でもそんなに厳格ではない人々も存在するため。なお、「福音『派』」ではなく「福音主義」と言うのが正しいという意見もある。

※2 回答者は無作為抽出された成人のアメリカ国民 10,588人。”Americans Feel More Positive Than Negative About Jews, Mainline Protestants, Catholics” Report by Patricia Tevington, Pew Research Center, March 15, 2023

※3 当然ながら、自分の属している集団以外で。

※4 強欲:マタイ6:24、ルカ12:15、コロサイ3:5、箴言15:27/悪口(あっこう):ヨブ15:4~6、マタイ15:11~18/姦淫:出エジプト20:14、マタイ5:27、箴言6:32 など。

※5 Youtubeに公開されているインタビュー動画:Ian Bremmer — 2024’s Top Geopolitical Risks | Prof G Conversations でのイアン・ブレマー氏の発言。



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