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刀と郷土

  • mapi10170907
  • 7月13日
  • 読了時間: 4分

【コラム】 信州支部 長谷川 正之(経営コンサルタント)


私の住む長野県坂城町にとって、人間国宝の刀匠(とうしょう)・宮入行平(ゆきひら)は大きな存在である。


112年前(大正2年)に生まれ、64歳で生涯を終えるまで、大正・昭和の時代を刀づくり一筋に生ききった人物。町には「鉄の展示館」があり、刀や資料が展示され、小学校児童が毎年見学に訪れる。


私は、この郷土の偉人を遠目に眺めてきた。目立ったつながりはなかったし、「刀」という存在も縁の無いもので、何しろ「人間国宝」という突出した響きに気後れしていたと思う。


先月、長野市で「刀剣鑑賞会」が開かれ、町教育委員会学芸員が解説するということで、何となく行ってみようと思い立った。町以外の方も大勢参加していて、盛況であった。目玉は、3刀を手に取っての鑑賞であり、素直に握ってみたいと思ったのだ。


実際の刀は、思った以上に重い。学芸員の解説では、昔の侍は刀を振る所作を普段から行い鍛えていたという。刀紋の美しさに魅せられてしまう。さらに知りたくなり、町内の鉄の展示館を見学し、関係書籍を図書館で借りて読んでみた。


行平の家は、祖父の代から鍛冶屋(かじや)だったが、刀匠を目指し上京。日本刀鍛錬伝習所に入門し、27歳で総裁名誉賞を受賞、以降も各賞を連続受賞。戦時になり入隊するが、3ヶ月で解除され作刀を続ける。

戦後も一心不乱に鍛錬し、5年連続日本一の「特賞」を受賞。1963年(昭和38年)、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。


刀匠行平の業績はだいたい理解できたが、私の関心事は、「郷土(坂城町)と刀の関係」であり、思うところを三点記してみる。


一点目は、「地形と鍛冶屋と刀の関係」である。坂城町は「坂城広谷」と呼ばれ、中央を南から北に千曲川が流れる。その南端と北端がくびれ盆地を形成するが、山手は馬が多く、切れる草刈り鎌を必要とした。

また、扇状地で石が多く混ざり、鍬や鋤の刃が減り需要が多かった。口碑伝承では鍛冶屋がいくつかあり、隣村の鍛冶屋であった宮入家も坂城町に移って来る。


さらに資料を探索すると、町内には製鉄炉址二基が検出されており、製鉄原料は千曲川の砂鉄とある。主な稼働年代は郷土の戦国武将・村上義清時代(1500年代後半)と推定される。町のこの地域には「金井」という地名もあり、鉄との関連が類推される。


この遺跡の発掘調査に刀匠行平も関わっていて、「この千曲川砂鉄はチタンが多く精錬し難いが、先人の処理方法を知りたい」と語っている。行平は、鉄ともつながる坂城の地で、鍛冶屋として鎌や鍬・鋤をつくり、さらに志した刀鍛冶(かたなかじ)で人間国宝になったのだ。


二点目は「地形の独立性と刀の持つ守りと精神性」である。坂城広谷は中央に千曲川が流れ、東西の山脈が北端と南端で狭隘化し岩崖となり、北国街道の難所として知られていた。


江戸時代には、加賀藩の殿様が参勤交代でこの地を無事通過した際、早馬で江戸や加賀に知らせたという。難所だからこそ、宿場町で栄え、情報の交換基地でもあった。地形からして独立しており、「平成の大合併」でも町を維持している。


一方、刀は武器としてのイメージが一般的だが、本来の日本刀は「病魔や邪気を退け健康を保持する」という願いを受け、「守る」という事を大切に受け継がれてきたもの。


かつては子供が成人する際には、日本刀が手渡され、まず本人、そして家族や一族を守るという精神力を要する担い手としての厳しい自覚を促す意図が込められていたという。


町民は「刀の持つ守りと精神性」のパワーを体得し、「郷土の独立性とその文化を保守する」気概を持てればと思う。特に精神的に不安な現代において、千年の刀匠の魂が受け継がれている刀を身近に感ずることができるのは天恵である。


三点目は「湿度という風土」である。この町は年間降水量が少なく、晴天日が多い典型的な中央高原型の気候で、「湿度が低い」のが特徴である。

現在、坂城町は工業の町として知られているが、この湿度の特徴が工業の品質管理に寄与しており、また刀の保管等にも適している。「工業の町さかき、刀匠の町さかき」をアピールしていきたい。


坂城町では毎年5月に開催する「さかきっずフェスタ」という子ども中心の祭りがあり、私も主催者として関わっている。そこでは、「5寸釘を叩いてのナイフづくり」教室を町内の刀工の指導で行なっており、すぐ定員がうまってしまう。町民が連帯して刀文化の継承をバックアップしていければと思う。


また、刀匠行平の次男は宮入小左衛門行平で、現在、全日本刀匠会会長である。全国で日本刀への関心を高めるため、精力的に活動している。


同郷の私にできることは何か、時に鉄の展示館で日本刀を静かに見つめる時間を確保し、思いを深めていきたい。

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